ロッシーニ歌劇「セミラーミデ」~ロイヤル・オペラ

ロイヤルオペラでの上演は100年以上ぶりとなる作品。ロッシーニの長編オペラセリア。細かい音符を転がすように歌うダジリタの技法が全ての役柄で多用され(というか、ずっとそういう風に歌うべく作曲されている)、歌手にとってはたいへんな安定感とテクニックが求められて、とても難易度が高いなあ、と思います。ワグナー歌手並みの実力がないと(スタミナと技術)いけないんじゃないか…この作品が歌える歌手は多くはないように思います。

しかし今回のプロダクションは、素晴らしかったです!さすがロイヤルオペラは、満を持して最高の歌手たちを揃えていました。

主役セミラーミデを歌ったのはジョイス・ディドナート。私は初めて聴きましたが、すごいなあと思いました。本当に深いふくよかなしっかりした声で、細かい音を完璧に転がしたうえに、高音は叫ぶようなパワーで突き抜けるゾクゾクする声。例えばサザーランドのセミラーミデであったら、もっと軽いタッチだろう(技巧的にはもちろんすごいけれど)と思います。対してディドナートのセミラーミデは重い声でパワフル、完璧な歌は、無条件に心を打ちました。

メゾが男性役を歌うアルサーチェは、ダニエラ・バルチェローナ。彼女はむしろディドナートより声はすこし軽いかなと思うくらいでしたが、といってもメゾなので深くてこれまた完璧な歌。本当に安定していて、男性役の軍服姿が男前!

テノールのLawrence Brownleeは、インドの王子イドレーノの役。脇役でありますが、歌は立派な難しいアリアも連発です。彼は以前やはりロッシーニチェネレントラで聞きましたが、あれから10年余り、ますます素晴らしく危なげのない完璧な歌。

残る重要な役柄として、バスのアッスールはMichele Pertusi。代役で入りましたが立派な歌でした。もともとはダルカンジェロが歌う予定だったのが、病気のため変更。以前聞いてダルカンジェロは良かったし、この役も歌ってきていたようなので、もし変更なしで出ていたら、もっともっと凄いプロダクションになっていたかもしれないなあ。

演出はDavid Alden。オリジナルは古代バビロニアが舞台ですが、現代の中東の独裁者に置き換えている。なかなかインパクトがあります。北朝鮮を思い出させるような大きな絵の風景や、ドナルドトランプを彷彿させるような赤いネクタイの人物などが登場。

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思うのですが、ロッシーニの音楽は、音楽としてだけ聴くとちょっとつまらないような気がしてしまいます。モーツアルトのように和音が豊かではなくて、もっと音楽の作りが擬音的というかシンプルだから?

また改めて問うのは、素晴らしい歌手はどういう人たちなのか?今回は全員が本当に完璧に歌いこなして、その意味ではその時点で100点といえます。が、心が震えるような、鳥肌が立つようなことが起こるのには、さらにもう少し何かが必要なようです(今回体験させてもらったような)。声の美しさ、深さといったプラスアルファ、持って生まれた才能でもあり、鍛錬の賜物でもあるのかもしれません。歌手の皆さんに心からの敬意を送ります!

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